先日、mokumokuの校外学習という事で埼玉県東松山市の原爆の図丸木美術館へ行ってきた。
mokumokuの2人とも広島出身にもかかわらず、丸木夫妻のことはほとんど何も知らず、”あんな感じの原爆の絵”、とぼんやりとしかイメージがなかった。
ピースボートでお世話になった岩崎由美子さん(ゆみ)が丸木美術館のファンドレイジングに関わっていらっしゃって、幸運にもゆみに館内を案内してもらえることになった。
ポイントとしては、丸木夫妻は直接、被爆をしておらず、夫の丸木位里さんの実家である広島の家族の救済のために原爆投下の数日後に入市をしている。実際の原爆投下直後の絵は、広島に到着後に目の当たりにした惨状や、被爆者からの証言など「人から聞いて」制作したとのこと。
最初に観た時の印象は画力だ。
俊さんがしっかりと形を捉え、位里さんが水墨で形を流す。そしてまた形を作っていくというプロセスが想像できる。創造と破壊の繰り返しはかなりパフォーマティブであり、プロセス事態が作品とも言えるのではないかと思う。
日本の伝統の掛け軸や絵巻物のように、時の流れや事態の変化を一枚の絵で表している。
巨大な作品は観る者を圧倒するけれども、すごく冷静に問いかけているようにも見えた。
あなたこれで良いのですか。人間てそんなもんですか、と。
描かれている内容は酷いし、惨劇なのだけど、どこか冷静さがあるのだ。
2人が直接被爆ではなく入市被爆であるということと、原爆の図の制作前から美術学校などで絵を勉強していたということもあり、芸術作品として完成しているし、洗練されているから観客にも問いかける間を与えられているのでは、と感じた。
今までは原爆の絵を観るときは、こうじゃなきゃいけない、という身構えた姿勢から入っていた気がする。今回は良い意味であまり背景知識もなく、「ただ美術品を鑑賞するモード」で作品を拝見し、純粋に絵の力に感動した。
広島出身の私でさえ、日頃の忙しさやあれこれで75年前私の街でどんな事があったか、事実は知っていても心がついていかない事がある。歴史への思いは時間がたてばどうしても薄まってしまう。でも、絵の、作品が持つ強さは時間が経っても薄まらない。絵を芸術品として観てもらい、作品に感動してもらい、歴史を勉強してもらうという事が今後もっと大切になってくるのではないかと感じた。
日頃、目を覆いたくなるようなニュースが流れ、芸術に関わる身としてアートに何ができるのか無力感に苛まれる事がある。2人は信じていた。丸木夫妻は一ミリも芸術の持つ力を疑う事なくあれだけの数多くの、大規模な作品を残した。真っ直ぐなその姿勢が視線が痛くて、苦しくて目をそらしたくなる。でも、その絵はあっち側、こっち側と観る人、描かれる人、描いている人を分断するのではなく、一つの空間で皆に問いかけている。人間これで良いのでしょうか、と。
掛田智子