夕暮れのゆうぐれ

夕暮れをテーマに日替わりのモチーフで連想ゲームのように描いた。

はじめはグァっとするオレンジ色を背景に怪獣たちがいて、空を見てる内に、グラデーションが気になりだして、なんとかかんとか卵や不思議まで。

夕暮れのゆっくりと移ろう影に温度を感じる。

ちから

ほら、あそこ。

ほら、あそこ。
あの橋のたもとに馬が死んでいて、人間も馬ももう違いがない、可哀想だと思った。

私の友人は私の隣でそうやって話してくれた。
友人が話してくれたおかげで、カラーセロハンを一色ずつ足していくように、角がぼろぼろになって滲んだ過去のイメージに、空気が生まれて匂いがうまれた。あたたかさも。

わたしには大切な友人が2人いる。友人というには失礼なぐらい人生の大先輩なのだけど、もう2人ともいわゆるこの世にはいない。私がアメリカから帰って来たばかりのころ、HIP (Hiroshima Interpreters for Peace)という、被爆証言を通訳したり、平和公園を英語で案内するボランティアグループに参加した。2人もそのグループに所属していた。

2人は語った。父親が焼かれたと。同級生がみんな殺されたと。真剣に考えると自分の中の熱を帯びた冷たい感情の塊が形を変えながら身体中を駆け巡るので、そしてそれはかなりのエネルギーを吸い取るので、普段はあえて起こさないようにしている。目の前の忙しさや言い訳はいくらでもある。

私のなかのその熱を帯びた塊が現れるとき、2人を思い出す。2人がいるから熱を帯びた塊があばれる。

核兵器禁止条約が今日、発効される。2人を思う。

絵 mokumoku studio

mokumoku studio ともこ

石岡瑛子 ”血が、汗が、涙がデザインできるか”

昨日、mokumoku studioで東京都現代美術館で開催中の石岡瑛子さんの”血が、汗が、涙がデザインできるか”に行ってまいりました。

石岡瑛子さんの作品は映画”The Cell”で知り、当時から野性的で洗練されているとてもセクシーな衣装が大好きでした。

展覧会では彼女の初期の作品から亡くなるまでに関わってきたプロジェクトが展示されており、彼女の作品だと知っていたものから、これも石岡さんだったんだーと再認識するような、なんか見た事あった!みたいな作品までずらりと紹介されていました。

「血が、汗が、涙がデザインできるか」という私には心に響きまくるタイトルで、タイトルに惹かれて見に行ったと言っても過言ではないぐらい。

彼女のモットーである”Original, timeless, revolutionary”は、作り手としてそうそう、そうでありたい!と平手打ちを食らった気分です。

もっと彼女の人間としての生き方や、裏話など知れたらもっとよかったのだけど。

でもただ単に綺麗な衣装、美しいデザイン、というものではなくて、すごく毒々しくて、誰の真似もしていなくて、きっと作品が彼女の生き方そのものなのだろう、羨ましいなあ。と思いました。

石岡さんのみならず、たくさんの作品はオンラインで見つけることができるけれど、やっぱり展覧会という見る感じるためにデザインされた場に行くのはネットでは置き換えられない。

mokumoku studio ともこ