石岡瑛子 ”血が、汗が、涙がデザインできるか”

昨日、mokumoku studioで東京都現代美術館で開催中の石岡瑛子さんの”血が、汗が、涙がデザインできるか”に行ってまいりました。

石岡瑛子さんの作品は映画”The Cell”で知り、当時から野性的で洗練されているとてもセクシーな衣装が大好きでした。

展覧会では彼女の初期の作品から亡くなるまでに関わってきたプロジェクトが展示されており、彼女の作品だと知っていたものから、これも石岡さんだったんだーと再認識するような、なんか見た事あった!みたいな作品までずらりと紹介されていました。

「血が、汗が、涙がデザインできるか」という私には心に響きまくるタイトルで、タイトルに惹かれて見に行ったと言っても過言ではないぐらい。

彼女のモットーである”Original, timeless, revolutionary”は、作り手としてそうそう、そうでありたい!と平手打ちを食らった気分です。

もっと彼女の人間としての生き方や、裏話など知れたらもっとよかったのだけど。

でもただ単に綺麗な衣装、美しいデザイン、というものではなくて、すごく毒々しくて、誰の真似もしていなくて、きっと作品が彼女の生き方そのものなのだろう、羨ましいなあ。と思いました。

石岡さんのみならず、たくさんの作品はオンラインで見つけることができるけれど、やっぱり展覧会という見る感じるためにデザインされた場に行くのはネットでは置き換えられない。

mokumoku studio ともこ

ノートをつける

絵を描いたり、デザインをしたり、日々のあれこれを電子的なデータで整理保存していると、不便なこともある。保存はできても、そこに何を保存しているのか思い出せない。そういう時、物理的なノートがいいこともある。

文房具をやたら買っていた時代があって、今でも手放せないノートが棚のあちらこちらにある。整理しきれないあれこれを勝手な分類でノートごとに整理している。

元々、気に入って買ったものだから、何となくノートの佇まいを見た時や思い出した時に、書いたときの時間が蘇る。背表紙に記憶が剥き出しになった状態。

「家計簿」「アイデア妄想帳」「読書メモ」いろいろある中で、このノートは「書いたことが本当になるノート」。

4年くらい、節目々々で開いては、その時やっていることの棚おろしと、今後の予定や目標を書いている。見返すたびに、結構な確率で実現しているから「書いたことが本当になるノート」という位置付けにしている。

年末に2020にあったことを書く。そしてページをめくって、次の見開きに2021のことを書く。

見返すのが、一番楽しみなノートでもある。

ちから